モロッコ
by Atsuko Yonekura
あの人はものすごく疲れた顔をして、「不吉な夢を見た」と言った。「父が死ぬ夢だ」と。
私は、「ああ、勘の鋭いこの人の言うことだ、間違いない。お父様は亡くなられたのだろう。そして、このバスが町に戻った時点でこの旅は終わるだろう」と思った。
不思議と残念だとか悲しいという気持ちはなく、ただ淡々と受け止めていた。
バスは想定内のエンジントラブルを数回起こし、予定より四時間遅れで町へと戻った。あの人はバスを降りるとその足で日本に電話をかけにゆき、私は先に宿へ戻った。
部屋でトランクを開き、荷物を整理しながら、つい先ほど見てきた砂漠の光景とらくだ達の物憂げな眼差し、それから、冗談とも本気とも取れる熱心さで求婚してくるらくだ使いの青年のことなどを思い出していた。
そうしている内に、あの人が部屋に戻ってきて、私の顔を見るとふぅと小さく息を吐いた。「どうだった?」そう尋ねると、「だいじょうぶだった」と答えた。想像と異なるその答えに拍子抜けしたが、私は会ったこともないその人がまだこの世に存在してくれていたことを心から嬉しく思った。彼はこちらへ近づくとだまって私をハグした。
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最近ではあまり見なくなった夢を見て、私は目が覚めてからもベッドの中で呆然としていた。知らぬ間に頬に涙が伝っていたらしく、となりで眠る恋人を気づかれぬようにとそっとベッドから抜けだした。
私はベランダに出てあの日の朝のことを思い出していた。いくつかの意思と偶然が重なって、私たちはそこにいた。アザーンの鳴り響くモロッコの朝。